うーんStella、田舎なので「販売の予定がなくて当日お取り寄せできないですねー」状態なのでまだ聴けてません(円盤主義者)。Lunaは何としても当日ゲットしたい…
まあ感想話は全部聴いてからにしたいんですけども
そんなこんなで、話題の焦点……いや “オタク達の主義主張の争点” としての輪郭がいよいよ浮き彫りになってきた「ソロ楽曲」。いや面白い。
私はかねがね「キャラソンだろうがそのキャラが歌ってる風らしき楽曲だろうが、曲の良し悪しに尽きるのでは?」というスタンスで。実在性なんてのは曲の良さからすれば二の次みたいな話だと思ってまして。
その曲の良し悪しというのもまた難しい。単純に天才的な創意工夫で作られた楽曲はそりゃ「上質な音楽」ではあるだろうけども、「これ、いけすかねえな」と言われればそれまでのもの。だから「キャラソン的なやつはいけすかない」と言われれば「ひでえ偏食だな」と思うものの実際それまで。そっから何を話そうと平行線だろう。音楽だって「趣向品」なのだから趣向しなければそんな扱いでしかない。
逆に「ウチの娘が吹いてるリコーダー、くそほど下手くそだけどもう聴いてるだけで涙が出るので音録ってずっと聴いてます」という方だっているだろう。それはやはり「その人にとっての良い曲」だと思う。
「人が楽しんでるもので喚き散らすな と言いたいのか」? いやいや私は元来そんなスタンスじゃない。批判なり「俺はこれ嫌いだね」というのは口にされて然るべきだと思うし、私がそんな正しいオタクみたいなこと口にしだしたら流石に噴飯ものだろう。
余計な一言かもしれないが、私はキャラソンだどうだで騒いでる方達はなにか、「キャラクターが歌うていの楽曲が優れてるものでアニメCDに入ってるようなキャラソンは蔑みの対象だ」とでも言いたげなんじゃないかという感覚を覚えるのだ。舐めとんのか。
少なくとも私にとっては、そんな部分は何も音楽としての価値の上下に影響しない。「音楽に貴賤はない」と言い切るほど出来た感性でもないと思うが、「もっと聴くポイントあるやろ」という話だ。
と芹沢のおじさんみたいなことを言いたくもなる。いや、私も人のことを言えたタチではないだろうが、「もっと色々情報あるやろ」という話だ。余談だが私の髪は長い方だ。
「情報を聴いてる」、元ネタ的に言えば「これこれこんな偉大なミュージシャンだから~」とか「最近流行りの曲だから~」とかでしか音楽を見てないみたいなところだろうが、「キャラソンかどうかで音楽を分別してる」も十分それと同列だろう。
とはいえ「ミュージシャンの意図とは大体関係なさそうな聴き方してる」という意味なら自分も大概だと思う。だが情報は情報なりに、いろんな聴き方があるというもの。
まあ、もっとぶっちゃければ「最初期の発表の頃、『ウチはデレみたいなキャラソンは絶対ないから』とか声を荒らげてた連中が自分で撒いた毒がそのまま戻ってきたように喚いてんだろうな。おもしれ」っていうのもあるんだけど。それはそこでチャンチャンだからいいや。
名前を出すのはかなり忍びないのだが、この度槍玉に挙げられてると思う小糸ちゃんのソロ曲。
あれだって私は「自分の趣味な曲調とは違うけど、小糸の曲としては面白い」となっている。だって小糸の資料渡されてあんなノリノリなユーロビート作るか?って言われたら、少なくとも自分の発想にはまずないから。「きっと何らかの判断が含まれてるな」という行間がある。そしてその行間に、面白さを感じる。
感じない時もあるけどこの曲に関しては私は感じたのだ。「小糸の目指すアイドル像にかなってるな」とか、「これ後々曲しか知らんって人でゲームの小糸見て『えっ』て引っかかる人出そうだな」とか。面白い情報の素が走るよう。
もう一つ話すと、「ライヴで深みが増すかも」「物語とちゃんとリンクしてるから」といったもの。
私から言わせれば、「ライヴで深みが増さなそうな曲」なんてものはほぼない。ジョン・ケージの4分33秒だって実際コンサートで始まったら「おお…おおお……」と変に感動すると思う。音楽でマウントとる趣味はないが(自戒)、「4分33秒に生で立ち合った」はかなりのマウントものだろう(自戒とは)。
「ライヴで深みが出る」「物語とリンクする」は全くもってキャラクターコンテンツの専売特許ではないのだ。「物語とのリンク」も? ええ。
例えばそうだな、先のページで「一番霧子のイメージな曲」として挙げたBUCK-TICKの『Solaris』という曲。
・出だしの雰囲気は作曲者の今井さん曰く「街灯がポツンとある感じ」
・アルバム『RAZZLE DAZZLE』のラストナンバーで、まるで虚構の世界RAZZLE DAZZLEがマジカントよろしく消滅していくようなイメージ
・Solarisと言えばSF小説・映画の『ソラリス』。実はついさっき映画を観たのだが(かなり面白かった)、虚空の宇宙と亡き人に「夢を見せておくれ 幻でもいい」はまさにこの物語とリンクするものだろう。
・数年前、本でボイジャー1号(※ 宇宙人がいるかもしれないから、地球の情報─レコードや絵画も詰め込んで無人ロケット発射して偶然出会った宇宙人に存在を知らせようぜって実際に飛ばしたやつ)の話を読んだ時、自然にこの曲のイントロが脳内再生された。Solarisは一つにボイジャー1号の歌だ。
・アルバムツアー後長らく演奏されなかったが、8年後のアルバム『No.0』のツアーでまさかの大トリ曲としての大復活を果たした。それは実に、壮絶な死の歌をもって幕を閉じたアルバムNo.0のTrue Endを見せられてるような感覚。私はそう感じた。同時期にユータさんが語ってた「アルバムはライヴをもって完成する」の一つの形だと思う。
・で、霧子のイメージの歌
だ。こんだけある。膨大な音楽のたった一つの楽曲にこんだけ。その大半、ともすれば上に挙げたの全部音楽の話ではなく「情報の話」かもしれない。物語はいくらでも楽曲に付着する。直キャラクターコンテンツでなかろうと。そういえば大昔にBUCK-TICKが出した本で「メンバーがその曲にイメージするもの教えて」ってコーナーあったな。
なので……何の話だっけ。Solarisの話がしたかっただけだろこれ。
まあ、既存の物語と直リンクする、ライヴ有りのキャラクターコンテンツである、ということが一定の武器にはなりえても専売特許でイコール優れたものなんてことはないやろみたいな話。
あと、何と言っても、上に書いたようなことも含めて “曲の良さ” って「作り手側が担えるのは200%中の100%で、もう100%は受け手次第」なのだ。たしかずっと前にも書いたけど。
その曲に良いと答えるのも悪いと答えるのもその人の感覚や態度持ち次第で、逆に言えば極論どっちにせよ「あんただけや」でしかない。キャラクターコンテンツの楽曲は特にそれが顕著だと思う。
改めてやはり音楽とは不思議で愉快な趣向品だ。人は度々BGMを、テーマ曲を、ミュージシャンの話題を、情報を求める。音楽単体で好む人の方が少ないかもしれない。
だからこそ音楽は国境も時代も越える最高度のアイテムなのだろう。日常のあらゆるものに「私の好きな音楽」は取り憑く。みんなで掲げるシンボルがわりにも、なんかぼやっとしたまましょっちゅう使われる。個人個人はわりと明確なイメージビジョンを持ってるから。
そしてやっぱり、これは私からの主義主張として、音楽に “賤” なんかないのだ。
では、何故私はアイマスを触る時「ソロ楽曲」に重きを置くのだろう。何でやったかね。突然だがこれは昨日だか一昨日のデレステ
メロスの激怒リフ暑苦しそう。
本かー。「時計仕掛けのオレンジ」や「かもめのジョナサン」上げるのもただの知識だしなー何か面白い名作あるかな、と思ってたら、そうだ、ドン・キホーテのラストの話が頭に浮かんできた。
騎士だと思い込んで派手に冒険してたドン・キホーテは、最後、ある朝夢想から覚めて「私はただの人間だ…」と語って幕を閉じるのだ。パブリックイメージとは打って変わって、非常に物悲しい終幕。
【目をあけてみる夢】
「覚めない夢の中」とは明確に区別された、Twilight Skyの歌詞「目覚める夢の続き」。ただの少女が自覚して追いかける夢物語。
ドン・キホーテの最後から覗く、トワスカの一文と 彼女だけの物語。文香ちゃんどう思う?
ああ ソロ曲は面白い。